第1話 通り魔にご注意


「昨日、本校近くで通り魔が出没しました」


夕暮れに包まれた教室。


ざわざわ…


「え、マジ?」

「やばいじゃん、帰りどーする?」


騒めきの中担任が黒板に張り出された紙を指差して言う。


「HR終了後は寄り道せず、すみやかに帰宅するように」


ふーん…


私立星海高等学校 1-4 心音亜流。

(こころねありゅう)


彼女は一瞬黒板を見た後、その話を聞き流すかのように窓の外の景色を見つめていた。


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バァン!


「で!どうするの~!?亜流ちゃん!」


私の親友、紅葉結愛。

(くれはゆあ)


放課後、彼女は勢いよく私の机に両手をつき、のしかかるようにして声を上げた。


「うーん…今日はもう帰った方がい」

「でもでもっ!せっかく心優しい結愛がおすすめのケーキ屋さんを亜流ちゃんに教えてあげる予定だったのに~…」


言葉を遮るようにしてそう言うと、涙目になりながら見つめてくる。


「ゆ、結愛ちゃん…」

「おーねーがーいー!」


両手を合わせて頭を下げる。


この物騒な状況で寄り道なんて危険だし無神経極まりない。


「やっぱりダメ…かな?」


でも、


「…しかたないなぁ。ケーキ屋さん寄ったら早めに帰ろうね」

「やったぁ!」


彼女の涙目にとてつもなく弱かった私は結局押しに負け、一緒にケーキ屋さんに行くことにしたのだった。


「えへへ、亜流ちゃんありがと!」

「いえいえ~」


大好きな親友が嬉しそうな笑顔を浮かべるので寄り道するにしてそれはそれでいい気がしてきてしまう。


それにこんな状況で寄り道をするのは今回が初めてというわけではなかった。


私達の住む街は何故か案外やたらと通り魔やら不審者やらが現れる。

だからそんな状況にも関わらず、寄り道をしてしまうことも何度かあったのだ。


けれども現に通り魔とかそういうものは一度も見た事はない。

そういうものが現れたからといって街中から人々が姿を消す訳でも無い。


きっと大丈夫でしょ。


私はそう思うことにした。


「じゃあ、早速!」

「わっ!?」


ぐいっ!


突如、結愛ちゃんに腕を引っ張られる。


「レッツゴーだよ~!ほら早く早く~!」

「ちょ、ゆ…えぇぇええ!」


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「つ…つかれた。」

「そのくらいも頑張れないようじゃ将来ホームレスだよ亜流ちゃん!」

「どこにホームレス要素がっ!?」


結愛ちゃんは私の腕を引っ張ったまま勢いよく学校を飛び出し、猛ダッシュでケーキ屋さんまで走り抜けた。


身長は小さくそれでいて年頃の女の子(主に私)なら恨め…いや、羨ましいであろう豊かな胸を抱え持つ結愛ちゃんだが運動能力は高い。

そしてスイーツの事には目がなくそれ関連でどこかに向かう時は今日みたいに全力で走り出してしまうのである。


そんな彼女に引っ張られた胸はないが大して運動能力もない私は走り抜けたことによる疲労と息切れがひどく立ちくらみ状態になっていた。


「た、たおれる…死ぬ…」

「あわわわ…亜流ちゃんごめんね…よしよし」


とうとうその場に屈み込んでしまった私の頭をそっと優しく撫でてくれた。


「結愛ちゃんのよしよしがあるからぎりぎり生き抜けるよっ!」


両手をとってぎゅっと握りしめながら言う。

結愛ちゃんは照れたような困ったような笑顔を浮かべていた。


しばらくして、元気を取り戻した私は結愛ちゃんと手を繋ぎながらなんとかケーキ屋さんまで辿り着いたのだった。


今日みたいに事あるごと度々、彼女には振り回されているがそれはお互い様。


私はどうやら人より空気を読めないところが多いらしく、結愛ちゃんや周りの人達を困らせてしまうこともよくあった。


そういった面があるせいか他人から微妙に距離を置かれている。…ような気がする。


比較的話し相手が少なくそれでいて寂しがりな私に唯一仲良くしてくれるクラスメイト。

それが結愛ちゃんだった。

なかなか友達のできない私にとって生きがいといっても過言ではないほど大切な存在である。


感謝が尽きないのだ。


その上、彼女は美少女。


「亜流ちゃん、ケーキ何にする?」

「結愛ちゃん」

「ん?亜流ちゃ…」


「そんなことより結愛ちゃん食べたい」


「えっ…?」

「え…」


結愛ちゃんと店員さんがドン引きした表情で私を見つめ…あっ


「わぁっ!?いえ!なっ、なんでもないんです!はい!あはは…はは…は…」

「お、お客様、ご注文をお願いします」


苦笑いの店員さん。


「う、うちの亜流ちゃんがすみませ…」

「うちの!?」

「あ、えっと、ただの友人?がすみません…あはは…」

「大丈夫ですよ…」


失言をした私の代わりに結愛ちゃんが店員さんに謝ってくれる。


これだから友達ができないとつくづく思った。…って


「結愛ちゃん、変なこと言っちゃったのと謝らせちゃったのは申し訳ないけどただの友人っていう言い方はちょっとひどいよ!?」


大したことでもないのに半泣き状態になりながら訴える。


「うーん…亜流ちゃん、頭貸して?」

「え?」


言われた通り軽く頭を下げてみるとさっきみたいに私の頭を優しく撫でてくれた。


「ごめんね、亜流ちゃん。よしよし」

「許す!!」


「あの…お客様…」


「あ…」


そういえばケーキの注文がまだだった。


「結愛、この苺のロールケーキにしようかな。亜流ちゃんどうする?」

「んー…どうせなら私も結愛ちゃんと同じのにしようかな、ってあの…?」


店員さんが私を冷ややかな目で見つめている。 


もしや結愛ちゃんと同じケーキを頼んだことがそんなにおかしいのか!?結愛ちゃん大好きすぎて気持ち悪い子に見えるのかな!?


こんなでも私と結愛ちゃんは親友なんです!!



「…お客様?」


目で訴えている私をそれでも尚、店員さんは引きつった笑み、とにかくとんでもない表情を浮かべながら見ていた。それに加えて結愛ちゃんが不安そうな目で私を見つめている。


「亜流ちゃん?」

「あ…えっと、こっちのショートケーキにします…」

「ご注文ありがとうございます♪」


結果、状況に押しつぶされそうになった私は別のケーキを注文したのだった。


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「そういえば、通り魔出てるらしいね~危ないね」


ケーキを美味しそうに頬張りながら結愛ちゃんが思い出したように言う。

呑気だなぁ。いや、私もか。


「あはは…危ないとか言ってる割に平気でケーキ屋さん寄ってるけどね」

「気にしない気にしない~」

「いやいや、そこは気にしようよ~」


私が苦笑いしながらツッコミを入れたところで結愛ちゃんは突如、黙り込んだ。


しばらくして食べかけのケーキが乗った皿をテーブルに置き、真剣な表情で口を開く。


「…そうだね。結愛はもっと気にした方がいいよね。亜流ちゃん、通り魔の事ちゃんと考えて早く帰ろうとしてたのに巻き込んでケーキ屋さんに連れてきちゃったりなんかして…ごめんね」


「!」


思い返して反省したんだ。


「大丈夫。ちゃんと謝れたね。えらいえらい」

「えへへ」


結愛ちゃんがしてくれたみたいに彼女の頭を優しく撫でた。


今度は私が反省する。


「私も結愛ちゃんの親友だっていうならさっきのお願いはむしろ断るべきだったと思う。結愛ちゃんの安全のためにね」


「亜流ちゃん…」


感心したように私を見つめる結愛ちゃん。


…ん?


「あっ!結愛ちゃん、ほっぺにクリームついてるよ?」

「え?」


彼女の頬にはケーキのクリームがあからさまについていた。


真剣に謝ってくれたことに気を取られてたからかな?

不思議なくらい今まで全然気がつかなかった。


私はそれを指で拭き取って、


「んっ…」


舐めた。


「亜流ちゃんありがと~!」

「いえいえ~」


じーっ…


何か視線を感じる。


店内を見回すとさっきの店員さんがまたもや変な子を見ているかのような冷ややかな目でしかも青ざめた表情で私を見つめていた。


「ゆっ、ゆゆ結愛ちゃん!ケーキ食べ終わったしもう帰ろっか!」


「そうだね~あ、亜流ちゃん!ケーキどうだった?ここのケーキ亜流ちゃんの好きそうなのばかりで味も美味しいからおすすめだったんだ~それに店員さんも優しい人ばかりなの!」


「え?あ、うん!美味しかったよ~」


多少不思議な味だった気がしなくもないけど美味しかった…と思う。

そして結愛ちゃんとこのお店の店員さん仲良しだったのね。だからか。


あの比較的私に優しくない視線は。


(※ただ単に亜流が変態変人だからというのも含まれます。)


「今度また一緒に来ようね♪」

「うん!」


全力で遠慮したい!!


店員さんが黒い笑顔を浮かべているのを遠目に見て、次はただでは済まないと思う私なのであった。


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「よし、帰るか」


状況を考え直して不安そうになった結愛ちゃんを一人で帰らせるわけにいかなかった私は、彼女を自宅まで見送った。


「まぁ、私がいたところで結愛ちゃんより体力ないし…身代わりになることくらいしかできなさそうだけどね」


そうだなぁ。体力なんかなくてもせめて私の持っている特殊能力が人を守れるようなものならよかったのだけど…。


こんな私だが、普通の人にはあるはずのない特別な能力を持っている。


¨記憶を持ったまま転生する能力¨


「…もっと役に立つ能力がよかったな」


そんな独り言をぽつりと呟いた時だった。


バァン…!!


「えっ…?」


To be continued…