第6話 目覚め


「ええぇぇえぇえええ!?」


私は殺女ちゃんが巻き起こした風に乗ってただひたすらどこかへと飛ばされ続けた。


「亜流、聞こえるかしら?」

「殺女ちゃん!?」


一緒に飛んでいるというわけでもないのに前と同じように声だけがどこからともなく聞こえてくる。


「どうして…!」

「細かいことは気にしないの、それより亜流!そろそろあっちの世界との境界線、通過点よ…あ、来たわ!早く目を閉じて!閉じなさい亜流!!」

「えっ?う、うん!わかった!」


目を閉じないと危険なことでもあるのか必死になって言うのでひとまず目を閉じた。


「…よし、通り過ぎたわね。亜流、目を開けていいわよ!ただしまだすごい風圧だから亜流の気分次第だけど。それじゃあ私はこれで!」


殺女ちゃんの声はその言葉を最後に聞こえなくなった。


さっきまで普通に目を開けてたわけだし大丈夫でしょ。


そう思って目を開ける。


「あ、あれは…!」


日本だ。


…って日本!?


「わ、私、これ落ちてる!?」


そのまま落下し続け、しばらくして自分の住む街が見えてきた。


有名な病院に向かって一直線。


「ぎゃあああああああ!?」


え!?これ私また死んじゃうんじゃ!?


「えーと、えーと…!」


屋上が間近に迫る!


「と、トランスペアレント!」


「イリュージョンッッッ!!」


恐怖で目を閉じながらも私は叫んだ。


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体が重くなる感覚があった。


「ん…んん…」


ゆっくりと目を開く。


「ここは…」


病室のベッドの上だった。


たしか病院の屋上が迫ってきて、それでえっと…透明化する能力?を使ったんだっけ。こっちの世界にあった私の身体と同化したのか。


だんだん不可解な現象を理解できるようになってきた自分がなんだか恐いよ~。


それはともかく。


「よ、よかったぁ、帰って来れたんだ~」


安心して気の抜けたような声が出た。

それから体を起こす。その時。


ガラガラガラ


病室の扉が開いた。


「!…目が覚めたのですね」


入ってきたのは水色から紫に綺麗なグラデーションのかかった髪が印象的な看護師さんだった。彼女は私に近づき、柔らかく微笑む。


優しそうな人…。


「安心しました。点滴を外させて頂きますね」


私の腕に入っていた点滴の針を抜き取ると、


「…あ!ちょっと待っていて下さい」


まだ入ってきたばかりだというのに病室を出て行ってしまった。


どうしたんだろう?


しばらくしてノックの音が響く。


コンコン


「失礼します」


看護師さんだ。それともう一人。


「失礼します…」


聞き覚えのある声だった。


ガラガラガラ


病室の扉が開くとそこには、


「亜流ちゃん…!」


涙を浮かべた親友の姿があった。


「結愛ちゃん、来てくれたんだね。ってわぁっ!?」


結愛ちゃんは私を見るなりぎゅっと抱きついてきた。


「結愛、すごく心配したんだからね!?」


大粒の涙をポロポロと零す。


私にはこんなにも心配してくれる親友がいるんだ。改めて感じて心が温かくなる。


「ただいま」


私は笑顔で言う。


「…ふふ、おかえり!」


結愛ちゃんは満面の笑みで迎え入れてくれた。


ぎゅうううう!


途端に抱きしめる力が強くなる。


「あ!患者さんをそんなに強く抱きしめたらだめよ?」

「へ?」


きょとんとした表情になる結愛ちゃん。

しかし、腕の力は一切緩めない。


「い、いたいいたいいたい!結愛ちゃんストップ!このままだと死んじゃう!」


必死に訴えると、


「えっ!?ごめんね!」


ハッとしてすぐさま腕を離してくれた。


びっくりした。

結愛ちゃんってこんなに強いんだ。


強い…


ふと、考える。


結愛ちゃんが能力の持ち主だったら?


人を死に陥れてしまうような恐ろしい能力の持ち主だったとしたなら?


「亜流ちゃん?」


なんだかゾワっとした。


「えっと…痛かったよね。本当にごめんね」


不安そうな表情で私を見ている。


「っ!」


…何を考えていたのだろう。


怖がっちゃダメだよね。

もしそうだったとしても親友として、使者として、私がどうにかするべきだ。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね」


私は結愛ちゃんの頭を優しく撫でた。


「えへへ」


結愛ちゃんは嬉しそうに笑っている。


この笑顔…なんとしても守らないと。

そう思った。


「患者さんはまだ怪我が治っていないの。優しく触れ合ってあげてね」


看護師さんが微笑みながら言う。


くすっ…


彼女の言葉が可笑しく思えて軽く笑った。


「触れ合ってってなかなか言う人見かけないですよ」


「ふふふ。心音さん、あんまり無理しないでね。怪我が治るまでは入院することになってるからその間はゆっくりしましょ。あなたの家族にはもう連絡してあるわ」


「そうなんですね、ありがとうございます」


看護師さんに向かって一礼をする。


「亜流ちゃん、亜流ちゃん」


私の背中を結愛ちゃんがとんとんと叩いた。


「んー?なぁに?結愛ちゃん」


「結愛ね、亜流ちゃんと別れてほとんど時間が経たない内に家の外から銃みたいな音が聞こえてきて慌てて駆けつけてみたの。そしたら、亜流ちゃん倒れてて…そのすぐそばに黒髪の女の子がいてその子が結愛に救急車を呼ぶように言ったの。星海高校の子だったよ」


「あー…」


殺女ちゃんだ。


自分から撃っておいてだけどちゃんと助けてくれる子でよかったよ。


…いや、よかったのか?


「もしかして亜流ちゃんの知り合い?…あ、でもそれなら結愛も分かるはずかぁ。通りすがりだったのかな」


「んー…そうなのかもねー」


とりあえずそう言っておくことにした。


「…亜流ちゃん」


しばらく間を開けてからかしこまって私の名前を呼ぶ。


「ん?結愛ちゃん?」


「ごめんね。結愛が寄り道に誘ったりなんかしちゃったから…結愛のせいで…」


そのことをずっと気に留めていたのだろうか。悲しそうに俯きながら謝った。


「大丈夫だよ。私が好きで結愛ちゃんに着いて行ったんだから」


結愛ちゃんの頭をさっきみたいに優しく撫でながら笑顔で言う。


すると、再び涙目になった。

 

うるっ


「えっ!?ゆゆゆ結愛ちゃん!?なにか嫌なこと言っちゃったかな?ごめんね!?」


動揺しながら謝ると彼女は涙を袖で拭いながら微笑んだ。


「違うの、亜流ちゃんが優しいから結愛、本当にいい親友を持ったなぁって感動してるの…」

「結愛ちゃん…!」


今度は私が感激で泣いてしまう。

それから結愛ちゃんを優しく抱きしめた。


「2人とも仲良しさんね~」

「「あっ」」


おそらく私達の様子をずっと近くで見ていたであろう看護師さんが微笑みながらハンカチを差し出す。


ちょっと恥ずかしくなった私は結愛ちゃんをそっと解放してあげた。そして看護師さんが差し出してくれたハンカチで涙を拭き取る。


「ありがとうございます」


お礼を言ってハンカチを返したあと、結愛ちゃんの方へ向き直った。


「結愛ちゃん。私、結愛ちゃんみたいな素敵な親友が居てくれて本当によかったって思ってる。だから自分を責めないでね。落ち込んでる時は私が助けるから!」


「亜流ちゃん…ありがとう」


結愛ちゃんの笑顔を見てこれからもずっと親友でいたいと思う私なのであった。


「…あ!結愛、そろそろ帰らないと!亜流ちゃん目が覚めたみたいで安心したし、通り魔のことで学校からの忠告もあるしね」


窓の外を見て気づいた。


空に綺麗な夕日が浮かんでいる。

その半分が見えなくなっていてちょうど日が沈む頃みたいだ。


「危ないから今日はママに電話してお迎えを呼ぶの。だから安心してね」

「わかった。結愛ちゃん、気をつけてね」

「紅葉さん、さようなら」

「うん!またね!」


そう言って結愛ちゃんは病室をあとにした。


しー…ん


突如、沈黙が訪れる。


病室は物音ひとつなく異様なまでに静まり返っていた。まるで時間が止まったみたいだ。


私は耐えきれずとうとう口を開く。


「あの…?」

「少し聞いてもよろしいですか?」


看護師さんも同じタイミングで口を開いた。

真剣な表情で私を見つめている。


「は、はい、なんでしょう?」

「その怪我…通り魔にやられたみたいですね。もしかして通り魔の姿を見たりは…」


なんと答えるべきだろうか。


ただ、この重苦しい空気で何も言わずに終わらせるなんてとてもできない。


「見てないです」


咄嗟にそう答えていた。


「そうですか…通り魔である証拠が掴めると思ったけれど…」


なぜかはわからない。

ハッキリと通り魔の姿をこの目で見たというのに。…殺女ちゃんを庇ったのだろうか。


唐突に私を撃ってきた相手なのに?


……


……あれ?


「もしかして通り魔に心当たりがあるんですか?」


殺女ちゃんの事に気を取られていたけれどこの人は[通り魔である証拠]と言ったのだ。


「ええ、あります。予想として通り魔は私の知人でしょうからね」


「えっ!そうなんですか?」


殺女ちゃんは死神。

この世になんてそうそう訪れないだろう。


ということは予想外れかな。


「そうです。…黒髪の少女。彼女が通り魔であったとして簡単には捕まらないでしょうね。


なにしろ死神ですから」


「っ!?」


看護師さんが言ってるの…殺女ちゃんだ。


なぜに二人が知りあい?


その上、彼女は殺女ちゃんが通り魔であることに気づいている。

殺女ちゃんが死神であることを知っている。


「…何者ですか」


思わず不審に見るような目で見てしまう。


すると看護師さんはよほどショックを受けたのか泣きそうな表情になった。


「亜流様?…もしや、ずいぶん時間が経ったものですから私のことを忘れていらっしゃるのですね」


「亜流…様?あの、どういう事です?」


結愛ちゃんが病室をあとにしてから堅苦しいというか…彼女はなにかと様子がおかしかった。


「ずっとお会いしたかったのです。私、殺女からひどい仕打ちを受けていた時、あなたに助けられた者です。覚えておりませんか?あの日から今の今まで亜流様のことばかり考えてきました」


「…はい?」


よ、よく分からないけれど美女から告白されてる!? これ告白でいいのかな!?


「あの、た、大変嬉しいんですけど…!嬉しいんですけどね!?申し訳ない!看護師さんを助けた?時の記憶がないんですよ、私」


「あぁ…やはり、忘れていらっしゃるのですね。なにせだいぶ昔のことですから…」


「いえ!昔だからとかじゃなく何かの拍子で前世の記憶が抜けちゃったみたいなんです、私!」


しー…ん


病室が再び静まり返る。


しばらくして看護師さんが口を開いた。


「…な……なんですって……?」


よほど驚いたのか目を見開いたまま硬直している。


「ごっ…ごめんなさい…!」


とてつもなく申し訳ない気持ちになって頭を下げた。


「…亜流様、謝らないでください。残念ではありますが…ええ…しかたのない話でしょう」


まるで自分を納得させるかのようにそう言ったあと、優しく微笑んだ。


ちょっと安心した。


「ありがとうございます!…あ、それと敬語じゃなくていいですよ、様づけもしないでいいです。なんだか落ちつかなくて…ははは…」


「それには少しばかり抵抗がございます。…しかし、亜流様がおっしゃるでのであれば…あっ!」


少しぎこちなさそうにしながら看護師さんは思い出したように自分の名前が書かれたネームプレートを病室のホワイトボードに貼り付ける。


そして綺麗な笑顔で言った。


「今日からしばらくの間、心音さんの担当をさせていただきます、相川 美音(あいかわ みのん)よ。よろしくね」



To be continued...