第10話 日常


病院で目覚めてから一週間。

私は無事退院を果たした。


「心音さん、退院おめでとう」

「相川さん、ありがとうございました!」


深いお辞儀をしながらお礼を言う。


「なんというか色々ありましたけど~相川さんのおかげで退屈しなかった気がします」

「それはよかったわ」

「…あっ!そういえばなんで結愛ちゃん家の電話番号知ってたんですか?」


どんなことでも親友の話となれば忘れない私。


「あら、心音さんが目覚めるまで3日ほど時間がかかったのよ。その間にお見舞いに来ていた彼女が教えてくれたの。亜流ちゃんが目覚めたらいち早く電話して下さいって」

「えっ、私、3日間意識不明だったんですか?」


三途の川に行ってどうこうしてる間にそんなに時間が経っていたとは。

確かに日付けに違和感があった気もする。


「そうね。私も心配したわ。でもこうして心音さんが元気を取り戻してくれてよかった」


安心したように微笑みを浮かべる相川さん。


「また…亜流様と話せてよかった」


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ジリリリリリリリリリリ!


「ん…もう朝?」


普通の日常が戻ってくる。


「亜流ー!あんたいつまで寝てるの!?」


部屋の外から母の声が聞こえてきた。


「え?目覚まし…これ予備のやつだ!?」


慌てて制服に着替え、玄関へと走る。


「遅刻するわよーって待ちなさい忘れ物よ」

「むぐっ!」


走っている私の口に無理やりパンを押し付けるお母さん。


「朝食はちゃんと摂らないとね」

「行っひぇひまふ!(※行ってきます)」


そのまま玄関を飛び出し、全力で学校まで走り抜けた。そして教室に飛び込む。


「よ、よかった…遅刻じゃない…」

「亜流ちゃんおはよー!今日はお迎え来てくれなかったね」

「しまったこっちは遅刻だった!」


いつもは結愛ちゃんの家まで彼女を出迎えに行き二人仲良く登校しているけれど今日は一緒に登校できなかった。


「んー退院したばかりだし調子が崩れちゃってるのかも。寂しかったけど大丈夫だよ」

「結愛ちゃん!」


ガラガラッ!


「みんな席につけーおっ?」


担任の小澤 裕(おざわ ゆう)先生が教室に入るなりこちらへと近づいてくる。


「心音、退院したんだな。いやぁ、元気になってよかった!」


私の肩をペシペシと叩きながら笑顔で言う。


「あはは…先生こそ元気そうでなによりです」

「しかし、すみやかに帰れと言っただろ?」

「あ、えっと…」


言葉に詰まる。


「あー!」


結愛ちゃんが先生の頭を指さしながら言った。


「先生、寝癖ひどいよ~!」

「廊下に立つか?」

「ごめんなさい!って言っても先生廊下に立たせたりしないこと結愛知ってるんだから~!」

「はぁ…確かに大切な学び子を立たせるわけにはないな。冗談だ」

「やっぱりね~!」

「あー!」


今度は教室にいた生徒の一人が先生の頭を指さしながら言う。


「先生、髪に虫ついてますよ~!」

「うわっ!?どこだぁっ!?」


顔面蒼白になりその場でジャンプしたり手で髪を払ったりをひたすら繰り返す。


「…ぷっ、冗談です!」

「おいっ!?」

「「あははははは!」」


あまりにも面白い反応を見せるのでクラス中に笑いが起こった。


小澤先生は極度のいじられキャラ。 

愛されてる証拠だとは思うけれど。


「とりあえず朝学活!朝学活だ!」


赤面しながら教卓を叩き、生徒達を静まらせる先生。


しばらくして朝学活が始まった。


日直の夜桜 颯斗(よざくら りゅうと)君が前に出て号令をかける。


「起立、気おつけー」


しー…ん


途中まで言いかけてなにやら固まった。


「ん?夜桜どうし」

「…くしゅん」


「「きゃー!!」」


爽やか系イケメン男子夜桜君の唐突なくしゃみに女子生徒達が黄色い歓声をあげる。


「いや、お前くしゃみ!可愛すぎか!?」

「ありがとうございます…?」


先生の言葉に小首を傾げる夜桜君。

あ、あざとい…


「おい颯斗ー!さっさと号令やり直せよな!」

「そうよ、授業が始まらないじゃない」


彼の幼なじみの小鳥遊 聖(たかなし しょう)君と十六夜 ユキナ(いざよい ゆきな)ちゃんがくしゃみで盛り上がっている周りなど一切気にせず手を振り呼びかける。というか急かす。


「分かったよ、聖。ユキナ。気おつけー」


再びクラスに号令がかけられた。


「礼」


「「おはようございます!」」


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午前の授業を終え、昼休憩の時間が訪れた。

この学校は高校にして珍しく給食がある。


「心音さん」


ふと、後ろから背中をつつかれた。


「あのー…牛乳僕に譲ってくれませんか?」


五十嵐 レイ(いがらし れい)君だ。

おそらく身長が低いのを気にして生徒達に貰い回っているんだろう。


「いいよーはいっ」


私は自分に配られていた牛乳を彼に譲った。


「レイーあんた身長気にしてんの?」

「ち、ちがう!牛乳が好きだから貰ってるだけだ!!」


結愛ちゃんのツッコミにキョドる五十嵐君。


「ホントかなぁ?」

「…結愛だって身長低いくせに」

「はい~!?結愛はこれから伸びますし!」

「うるせー!僕だって!」


ガシャン!!


「「!?」」


突如、何か重いものが落ちたような大きな音が教室に響き渡る。


音のした方を見ると学校一ドジっ子といわれている立花 真夏(たちばな まなつ)ちゃんが転んだのか食缶に入ったスープを盛大に床にぶちまけていた。


「ふぇぇ…ごめんなさい!」


生徒達に配られるはずのものだったからか焦る真夏ちゃん。


「だっ、大丈夫!?火傷とかしてない!?」


彼女の双子の妹、立花 冬華(たちばな とうか)ちゃんが慌てて駆け寄る。


「えっと…えっと…!」


おそらく助けたいのだろうけれどおどおどしていて今にも泣き出しそうだ。

それを見た真夏ちゃんは笑顔を浮かべる。


「冬華、私は大丈──」

「駄目よ」


女子学級代表の月宮 夏凛(つきみや かりん)さんが彼女達に近づいた。


「足、スープがかかって靴下にしみてるじゃない。真夏さん、保健室に行きましょう」

「わ、わかりました。…あれ?」


ベタンッ!!


立とうとするも床に尻餅をついてしまう。


「…火傷したから立てないのね。私がおぶってあげるわ」

「え、そんな!悪いですよ!」

「怪我人でしょ?気にしなくていいのよ。…ほら、肩につかまって?」

「うぅ…すみません」


そして真夏ちゃんは月宮さんにおんぶされながら保健室へ。


「大丈夫かな?」


心配そうに呟く結愛ちゃん。


「大事じゃないといいね」


私は彼女の頭にポンと手を置いて言った。


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「であり、ここは───」


午後の授業に入った。


この時間帯は眠くて集中が続かないものである。故、教師の言葉を聞き流すようにしてぼんやりと授業を受けていた。


そういえば…


[特殊能力を持った生徒達を絶望から救って世界を平和にしてほしいの!]


特殊能力ねぇ…


殺女ちゃんの言葉を思い出して考える。


平和だし、能力者とかそんな物騒なのが誕生する?感じ全くしないんだけどなぁ。


「白亜、この漢字の読み方分かるか?」


先生が生徒に問題を出し始めた。

黒板には‴暁‴の文字が書かれている。


当てられた白亜 琉星(はくあ そら)ちゃんは立ち上がると片手を顔にあて何やらおかしなポーズをとりながらキメ顔で答えた。


「[ドーン]…ですね」


しー…ん


「あ、[あかつき]です」


付け足すように真顔で言い終えた後、彼女は何事も無かったかのように席に座った。


「…そ、その通りだ。では次だ」


先生は多少困惑しつつも授業に戻る。


…そうだ、あの子だ!


確か琉星ちゃん、能力がどうとか言って授業中に教室を飛び出して行ったことがあったなぁ。


…あれ?でも実際はただの風邪だったんだっけ?って、あー彼女厨二病だった…。


ソレを除けば頭がよくて性格もよくて顔も可愛いしスタイルもいいしで完璧な子なんだけどなぁ。


分かりづらい生徒もいるものだ。


厨二病といえば先輩にもいたなぁそんな人。

学校で有名な桜雅 心忍(おうが しのぶ)先輩。


有名といっても厨二病で有名とかそういう訳じゃなく剣道部の代表として。


ただ最近、彼女と廊下でぶつかった時にあからさまにソレだと認識した。


なんか私の手を握って「運命のディスティニーを感じる」とかよく分からないこと言ってた。


…両方同じ意味だし。


「──という訳で心音、教科書を読みなさい」


二人とも雰囲気はアレだけど能力者になるかどうかなんて分かんないよねぇ。

でも技を出す真似をしてて急に光線が出たり…いや、ないか。


「心音亜流!…教科書を、読みなさい?」

「え?…わわっ!私!?」


私の机をボールペンで叩きながら先生は呼びかけてきた。考え事をしている間に当てられていたみたいだ。


「えっと…何ページですか?」

「1250ページだ。まったく…」


呆れた表情を浮かべる先生。

私は慌てて教科書を読み始めた。


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キーンコーンカーンコーン…


「これで今日の授業は終了だ。日直」

「起立。気おつけー、礼」


「「ありがとうございました!」」


なんとか授業を終え、放課となる。


「亜流さん!今日部活お休みらしいです」

「あ、まこと君」


私と同じ美術部の星海 まこと(ほしみ まこと)君が話しかけてきた。


「そうなんだね~教えてくれてありがとう」

「最近なかなかお休みがないですから念の為伝えておきたくて」


彼は学校長の息子でしっかりしている。

性格も穏和で接しやすく誰にでも気遣いができる優しい子だ。


「あの…」


なにか言いたげにそわそわするまこと君。


「?…なにかな?」

「遅くなっちゃいましたけど退院おめでとうございますっ!心配しました。心音さんが無事戻ってきて下さってよかったです」


聞いてみたら可愛らしい笑顔で言った。


はぁぁぁあ…癒しか。


「戻ってこれてよかったぁ…ありがとう、まことちゃん!」


しまった。

女の子みたいな見た目だからつい…!


「いえいえ。では僕はこれで!気をつけて帰って下さいね」

「!うん!」


私が呼び間違えたことなんて一切気にせず彼は手を振りながら教室をあとにした。


ええ子や…


「心音」


今日はやたら話かけてくる生徒が多いな。

…と、思ったら小澤先生だった。


「なんですか?」

「科学の課題、出てないんだが?」

「…あっ!」


しまったー!

課題出すの忘れてた…しかもやってない。


今日が提出期限で小澤先生担当の科学の時間に必ず出さなければならなかった。


「すみません、明日にはちゃんと──」

「心音さん」

「今度は何っ!?」


見ると男子学級代表の御薬袋 蓮(みない れん)君が何やら紙の束を片手に立っている。


「昼休憩にとったクラスアンケート…回答が出てないんだけど…」

「ご、ごめんね、思いつかなくて…今すぐ書くから待ってて!」


慌ててアンケート用紙を取り出し、適当に回答を書き込む私。

我ながら感心するほどめちゃめちゃ汚い字だ。


「書けた!遅れてすみませんでした!」


彼にお辞儀をしながら両手で紙を差し出す。


「これからは遅れないようにな」

「うん、気をつけるね!」


それを受け取ると部活に行く準備を始めた。

私達が話し終わると近くで待っていた先生が再び話かけてくる。


「課題、明日ちゃんと出すんだな?」

「出します、ごめんなさい先生」

「…分かった。気をつけて帰るんだぞー?」

「はーい!」


話し終えると先生は教室をあとにした。


「はぁぁぁぁあ…」



溜息をつきながらだらしなく机に突っ伏す。


「…疲れた」


こんな調子で学校生活と使者としての役目を両立することなんてできるのだろうか。


不安でいっぱいになる私なのであった。


To be continued...